誤認逮捕と洗脳され続けた男

このブログは誤認逮捕をされた「私」がその一部始終を綴るBlogです。

【洗脳】神奈川県下の偽土木工事

神奈川県下の大規模土木工事を手がけた実例を聞きました。それによると藤沢市西湘バイパス、門沢橋「通称泪橋」横須賀の隧道工事、横浜のミナトミライ、成田飛行場の滑走路、箱根のターンパイクなどがあり比較的近い大規模工事の中には藤沢市湘南台より横浜駅までの地下鉄工事などもあり言いたい放題のでまかせを聞かされましたがその頃は利害関係が薄かったので聞き流していました。この頃の端山利男が率いる会社名は藤大「フジダイ」産業を名乗っていたそうです。

当時端山利男が乗って居た車はアメリカビユーイック社製の菊の御紋がフロントに飾られたホワイトタイヤの車との事でした。

このことを聞き普通の会社ではないなと自分にとって都合の良い方に受け取ってしまったのです。ブログを見た皆様も菊の御紋で少し見る目が変わったと思います。

この頃から話の中に端山利男は何日かに一度東京に行っているなどの会話が挟まれる様になりました。

東京行きとは車で何かをある場所に運ぶ其の何かとは水から得た金と聞きましたが何の事なのか想像もつきませんでしたが後日ダムからの上がりの金だと聞きました。其のダムとは、相模湖、城山湖津久井湖より上がる金が一同に集められその金を定期的に運んでいると聞きました。今思えば馬鹿げた話ですが、金を運んだ先は皆様の想像におまかせします。

藤大産業の端山利男が工事現場でクレーン車が故障し治しに行き作業中鋼鉄製ロープが切れ腹に大怪我をし傷口から蛆が、わいたとか其の傷口にワセリンの様な油を塗ったことを後に医者に褒められたとか、そんな根も葉もない様な作り話を真に受けたのです。私はそれが原因で端山利男が死んだとばかり思ったのですが看護の甲斐あり治癒したのです。この頃から端山利男なる人物は何々殿下の称号を持つ大変な人で有るがゆえに神奈川県下は勿論のこと当時の大手ゼネコン全般を支配していたとも聞きました大変な発明家で滝沢曰く親父はいつ寝ているのかと思うほど敷地内工場で色々な発明に没頭していたとも聞きました。

当時は全国的にボーリングが流行って居た頃で従業員の多くがマイボールまで作り滝沢もその例に習いかなり楽しんだ様です。端山利男は、芸能人を呼んで宴会など催すことも好きだった様です時代背景は多分昭和30年代後半から昭和50代年ころと推測されますなぜかと言うと府中刑務所横で3億円強奪事件のニュースを聞き「何だ3億かと」言ったことを聞いたのを思い出したからです。あの事件は昭和44年頃と記憶して居ます。この3億かの言葉に物凄い衝撃を受けたのを今も覚えて居ます、何度か同じ表現をして居ますが事件は事実ですが滝沢が言っているのは虚言です。